「けれど」
ああ、なんて器の大きい接続助詞だろう――「けれど」というのは。
(『日本の名詩、英語でおどる』p60)
アーサー・ビナードは、日本語を学び始めたとき、「けれど」は英語のbutと同じ働きをすると教わった。
しかし、butよりもしなやかで、
無理なくいろんな含みを残す。という。
例として
「一生懸命やったけれど」
「べつにかまわないけれど」
「体は丈夫だけれど」
その「けれど」が含んでいる意味を読み解く課程が、
日本語を学ぶ過程でもあったという。
「けれど」 を効果的に使ったのは小津安二郎監督といい
「大学は出たけれど」「落第はしたけれど」「生まれたはみたけれど」
と作品のタイトルを挙げる。(『日本の名詩、英語でおどる』より)
PERAPERAを書く過程でわたしの「書いたけれど」をここで書くのは畏れ多いけれど。
ぶるっ
書いたけれど、没になった文章は50,000(表記?)しかないけれど!
カニのページだけでも
例えば
領海侵犯で拿捕される漁船もいます。
(カニ食べるときにこんなシリアスな話やめようよー)
と不合格に。
タラバの甲羅の突起が6つなら本タラバです。
(本タラバであろうとアブラタラバであろうと カニならいいじゃん!
それに、毛がにのほうが美味しいしー)
と却下され
カニの甲羅にフジツボがついていたら、その場にはカニがたくさんいる証拠です。
(は は は ほんと?
でも誰がそんな情報必要?
それにフジツボついてるカニいるの?)
と一顧だにされず
でもほら!
「書いたけれど」
却下されたマイナーな情報は
かなり面白いのだけれど!