んちゃって英語ガイド

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日常に戻る

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ああ 日常に戻った

旅にいた日々が遠くなる

旅は小路を歩くようなものだったのかもしれない。
いつもは日常という大通りを歩いている
過去を引き連れて、日常のこまごました今も そして細い未来への糸もふうわり 持ちながら

それを断ち切って小路を見に行くのが旅かもしれない。
大通からあえて外れようというのが旅
横の道にちらりと変わった形の街灯が見えたら、あら?と立ち止まって足を進める。
横道から良い匂いがしたら、
ああ、台所で立ち働く人の姿と、その背中をワクワク覗く家族の姿を想像して、引き寄せられる。
細く曲がった小路の先が階段の上りになっていたら、あの階段を上るとどんな空間と次元が存在するのだろうか とドキドキせずにはいられない。

でも
旅人は小路を進んでも
そこにとどまるわけではない。
瞬時の過客で、小路の出来事に関わることはない。
透明の厚いフィルムがあって介入を阻む。

旅人は過客であるかぎり、
安全であり自由である。
その意識がまた不全感をも与えるのも事実だが。

建物と建物の狭い隙間の
小路の先がどうなっているのか、どうしても気になってしまう。

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急ぎ足で通り過ぎなければいけないときでも、
動きながらも目を凝らし、最後まで画像を焼き付ける。
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少しでも時間がある時は、この先にはなにが?
自分の網膜で見なければ納得いかない時がある。

何があるわけではなくてもかまわない。

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小路をたどり
民家の庭先に洗濯物が干してあったり、
レストランの厨房からでて休憩時間にコック服でタバコをすっている人がいたり
片足のもげたマネキンが段ボール箱に投げこまれている。
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誰かの生活が見えると安堵し
少し離れた自己の視点も確信するのだ。
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by endoms | 2010-09-04 00:25