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北海道の百人一首

田中先生の
百人一首に関する講義を受けた。
相変わらず彼女の話は最高に面白い。

花というと桜をさすようになったには950年、それ以前は梅か桜のこと。
万葉集で一番多く読まれた花は?
何と!萩。

和歌の歴史は7世紀の万葉集から始まった。
当時の和歌は漢字をさまざまに読みこなし歌われていた。
平安時代になると
和歌は貴族の教養の必須アイテム。

古今集
後撰集
拾遺集 など3000首を覚えるのが必要だった。

ところで3代歌人は?
紀貫之と藤原定家と松尾芭蕉だよね。

その藤原定家が1235年に編んだのが百人一首
万葉集から13世紀の新古今の歌まで、年代順に100首を選んだもの。

貴族よりも力を持つようになった鎌倉の武士
室町になると町人たち
江戸になると一般庶民
そんな人たちにも受け入れられやすかった。
たった100首だから。

和歌はもともと屏風絵やインテリアとして飾られていた。
江戸時代に南蛮貿易でカステラやカルタといった西洋の文物が入ってきた。
そこで百人一首とカルタが結びついて
庶民の教養と遊びになり、特に男女が出会う和少ない場。
明治時代までには
広く一般家庭で行われるようになった。


本州では読み札も取り札も紙。
上の句を読んで下の句をとることが多い。
それが北海道だけは取り札は木札。
しかも下の句を読んで下の句を取ることが多い。

なぜかっていろいろ言われているけど
定説はこれ。

ニシン漁のヤン衆が番屋で次の漁を待つ間に遊んでいた。
ニシン場は水気が多いので紙の札では長持ちしない
長持ちするように木を使った札が作られた。
取り札は暇な時に木で手作りした。
気短だから下の句だけで。
なるほどね~。
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手作りの取り札 ありそうだよね。


本州の人が見ると驚くんだよ!北海道の百人一首。

試合開始!っと
百人一首の歌を田中先生は朗々と読み上げる。

ひょっと見ると対戦相手?の学生は上の句の段階で札に手をかけている。
彼女は
あっけにとられる私に
これは順徳院が佐渡に流されたときの歌で~。
この文字は、変体仮名で「ら」 これは「こ」って読み方を教えてくれる。


すごいな~。別世界だ。
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by endoms | 2009-11-05 17:30 | ホッカイドーって良いよね!