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カテゴリ:卒業式のスピーチ( 39 )

アンラモット 半分おわった!

気合が違うよね。
今日の私達。
日曜日のシーんと静かなキャンパスで翻訳の読み合わせ。
気持ちがいいほど集中できる。

おしゃべりもほとんどなしでトイレも行かず3時間。
半分終わった!

今日はここまで。
次回で全部終えようね。

読んでいても、訳していても気持ちが癒されるラモットの語り口。

でも翻訳はかなり手ごわいね。
ジョークが満載だから。

日本語にしちゃうと笑えな~イ。


ここが一番苦労した部分。
まだ荒訳。
これから何度か書き直す。

I got a lot of things that society had promised would make me whole and fulfilled -- all the things that the culture tells you from preschool on will quiet the throbbing anxiety inside you -- stature, the respect of colleagues, maybe even a kind of low-grade fame. The culture says these things will save you, as long as you also manage to keep your weight down. But the culture lies.

私たちは子供のころから思い込まされて来たわ。大人になって、仕事が認められ仲間からも一目置かれ、
ちょっと名が知られるようになると、心の奥の不安感は消え去るものだと。
私もそう信じてた。
世間で認められさえすれば、あとは太らないように気をつけるだけ。
大人になって私は一応成功したから、もう大丈夫なのだろうと思ってみたけど違っていたわ。
嘘を教え込まれてきたのね。


Slowly, after dozens of rejection slips and failures and false starts and postponed dreams -- what Langston Hughes called dreams deferred -- I stepped onto the hallowed ground of being a published novelist, and then 15 years later, I even started to make real money.
何度も何度も原稿が突き返されて、失敗を重ね。
うまくいくかと思ったらまた振り出しに戻ったりして、詩人のラングストン・ヒューズがいうように、「夢は先送り」。それでもやっと、作家の端くれとして歩みはじめ、
15年たってやっと売れ出したわ。

I'd been wanting to be a successful author my whole life. But when I finally did it, I was like a greyhound catching the mechanical rabbit she'd been chasing all her life -- metal, wrapped up in cloth. It wasn't alive; it had no spirit. It was fake. Fake doesn't feed anything. Only spirit feeds spirit, in the same way only your own blood type can sustain you. It had nothing that could slake the lifelong thirst I had for a little immediacy, and connection.
昔からずっと、作家として成功したかった。
でも成功してみると、追いかけて捕まえたのは、機械仕掛けのウサギ。
布はかぶっているけど中身は冷たかった。
血が通っていず、心も無く、見せ掛けだけのものだった。
私がずっと求めていたのは見せ掛けのものではなく、直接感じることができる心のぬくもり。

So from the wise old pinnacle of my 49 years, I want to tell you that what you're looking for is already inside you. You've heard this before, but the holy thing inside you really is that which causes you to seek it. You can't buy it, lease it, rent it, date it or apply for it. The best job in the world can't give it to you. Neither can success, or fame, or financial security -- besides which, there ain't no such thing. J.D. Rockefeller was asked, "How much money is enough?" and he said, "Just a little bit more."
そうね。49歳の賢者として言わせてもらうと、あなた達は探しているものをもう持っているのよ。
聴いたことはあるでしょうけれど。
でも、だからこそ、探そうとする気持ちが大事。
それは、買うことも、貸すことも、借りることも、デートすることも、申し込むこともできない。
仕事で世界一になっても手に入るものでもないし、成功や名声では得られない。
お金が十分あっても駄目。
だいたいお金は十分あることはないらしいけど。
だって、あのロックフェラーがでさえ『いくらあったら十分なんだ?』と聞かれると、
「もうちょっとあれば。」と答えたんだから。
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by endoms | 2011-07-03 19:55 | 卒業式のスピーチ

アン・ラモットの文体

卒業式のスピーチの翻訳を再開。
6ヶ月間休んでしまったのは痛い。

何故、今回の紀要に載ってないの?
と編集者の先生に言われてハッと目が覚めた!

楽しみにして期待してくれている人たちがいたんだね。

いろいろあるけどとにかく再開しよう!


今度取り上げる人物はアン・ラモット
軽妙な語り口。

卒業式のスピーチの出だしからステキ。

This must be a magical day for you. I wouldn't know. I accidentally forgot to graduate from college. I meant to, 30 years ago, but things got away from me. I did graduate from high school, though -- do I get a partial credit for that? Although, unfortunately, my father had forgotten to pay the book bill, so at the graduation ceremony, when I opened the case to see my diploma, it was empty. Except for a ransom note that said, see Mrs. Foley, the bookkeeper, if you ever want to see your diploma alive again.

試訳1

ワクワクする日よね。私にはピンと来ないけど。私はたまたま大学卒業し忘れてしまったから。
卒業しようとは思っていたんだけどね。30年も前のこと。でもそうはいかなかった。
でもね、高校はちゃんと卒業したのよ。それってたいしたもんだと思ってもらえる?
ひどいって思うだけど、父が卒業証書代を払い忘れてて。だから、卒業式で卒業証書を見ようと思って箱を開けても、空っぽ。中に請求書が入っていて、「経理のフォレーさんが、卒業証書を保管してます」って。



試訳2

とても素晴らしい日でしょうね。私には実感がないのですが、というのも、私は大学を卒業するに至らなかったからです。卒業するつもりはあったのですが。もう、30年まえでしが、いろいろ思うようにいかなくなってしまったのです。ですが、高校は卒業しましたよ。それで、少しは認めていただけるかしら?ただ、残念だったのは、卒業証書代を父が払い忘れていたのです。ですから、卒業証書を見ようと箱を開けてみると、中には何も入っていなくて、ただ、請求書が一枚。卒業証書がほしければ経理のフォーレイのところに来るようにと書いてありました。


これから読み合わせをして
全体を翻訳するトーンを決定する。


彼女の読み方を何度も聞いているうちに自然に決まってくるものだから。
しばらく聞く。


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by endoms | 2011-05-23 22:37 | 卒業式のスピーチ

しばらくオペラがマイブームだった で 原稿完成

プラシド・ドミンゴ

「階段を一段一段上るように・・」

ドミンゴは1941年にスペインで生まれた。両親はサルスエラの歌手であったが、サルスエラとは、曲と地の台詞の混じったスペインの伝統的オペレッタであり、日常生活におけるトラブルや恋愛を巡って物語が展開する。両親は海外巡業公演で訪れたメキシコが気に入り、その地でサルスエラの劇団を立ち上げた。そのために1948年、ドミンゴは8歳で両親の住むメキシコに移り住むことになった。彼は学校に通いながら、家庭でも音楽に囲まれた生活をおくり、個人レッスンでピアノを習い、両親の劇団で子役を務めるなど音楽と舞台の経験を積んでいった。自叙伝では、当時の経験を次のように語っている。

私は小さい頃から劇場での仕事の基本を学んだ。オーケストラリハーサルや舞台稽古を見学し、舞台装置係や衣装係が働く姿を見、オーケストラの譜面台に楽譜を並べたりした。両親は興行主でもあったから、私は舞台の厳しい一面も見ていた(p23)。

 こうした環境で育った彼はプロの音楽家を目指して、14歳でメキシコ国立音楽院に入学して、指揮とピアノを習いはじめ、まもなく声楽にも興味を持つようになる。しかし、16歳になった頃に人生の転機が訪れた。それは、最初の結婚をして、子供が生まれたことであった。彼は「ある意味で結婚は私のキャリアに拍車をかけた。何しろ妻と子供と、そして自分自身を養うために、とにかく働かなければならなかった(p28)」と語るが、生活のために彼は音楽院をやめ、サルスエラのバリトン歌手としてデビューしたのだった。この早すぎた結婚は、結局わずか1年で破綻したが、彼は声楽の訓練やプロの歌手としての活動を継続し、音楽仲間との勉強会などに参加し、バレエ、ミュージカル、テレビ、レコードの仕事をするなど、さらに広い範囲での音楽活動を目指し始めた。

 1959年に、彼はオペラ歌手を目指して、メキシコ国立歌劇場のオーディションを受けたが、その際に審査員からバリトンよりもテノール向きの声だと指摘された。テノールはバリトンよりもさらに高音域の男声で、オペラではテノールが主役を演じることが多い。ドミンゴにとってテノールは未経験であったが、その場でテノールの楽曲を初見で歌い高音域はかすれたにもかかわらず、テノール歌手として採用された。ドミンゴは、将来オペラで活躍するためには、どうしても高音域を発声できるようにする必要があると考えた。

 テノール歌手には、二つのタイプがあるといわれる。一つは天性の能力が備わっていて全く努力しないで、声楽の最高音である高音Cが自然に出せる人。もう一つは、努力によって高音域の発声を習得していくタイプである。例えば、ドミンゴのライバルであり友人であるルチアノ・パヴァロッティは前者のタイプであったが、ドミンゴは後者のタイプであった。「私はその高音Cのために戦わなければなりませんでした。一段一段、段階を追って自分のものしなければならなかったのです」とロンドンの新聞、サンディ・タイムズ紙のインタビューで語ったように、ドミンゴは練習を重ねテノールの発声法をマスターしていったのであった。この時期に発声法と同時に、声のコントロール法や声のトラブルへの対処法も身につけていったが、それは結果として彼の歌手生命を長引かせることになったといえる。

 ドミンゴは1962年に、現在の妻マルタと再婚するとすぐに、イスラエル歌劇団に活動の場を得た。約2年半のイスラエル滞在期間に多くの舞台経験を積んで、その後アメリカに移住し、アメリカで活動を始め、1968年には、世界的な歌手が出演するメトロポリタン歌劇場でのデビューが実現した。ドミンゴは長年憧れていた舞台に、やっと立つことが出来たのであった。彼は、実際の同劇場デビュー予定日よりも数日前に、急遽代役として出演することになったのだが、日頃から練習を重ねてきていたこともあり、高い評価を得たのだった。そしてそれを皮切りに、イタリアミラノのスカラ座やイギリスのロイヤル・オペラ・ハウスなど世界の名劇場でのオペラ公演を行うようになり、それらの諸公演で成功を収め、人気と名声を手にし、世界のトップテノールの地位に上り詰めていった。このようにドミンゴの成功は順風満帆に見えるが、その陰には、彼のたゆまない努力があったことを元メトロポリタン歌劇場支配人は回顧録で以下のように記している。

 ドミンゴは人をひきつける魅力にあふれているので、さほど努力もなく歌えるのだろうと普通のオペラファンは勘違いしてしまいがちだが、そうではなく、公演のために、必死で練習をして、メイクアップ、鬘、衣装などがすべて完璧な状態になるように準備する。・・・中略・・・それでいながら、公演直前には神経質になり、公演がうまくいくかは神様しだいで、神様が助けてくれたら上手くいくと運命論者的なことを言うほどであった。・・・・中略・・・・そして公演後は、たとえ大成功であっても、くつろぐことはせずに、自分の公演のあらゆる瞬間をリプレイして、フレーズやテンポ、または抑揚と色彩をどのように調整すべきかを熟慮し、次の公演がより豊かで、かつ心地よいものになるように心をくだていた(注p241)。

 このように、常に努力を重ねる姿は、ちょうど青年期にバリトン歌手からテノール歌手の高い音域を獲得するために、「階段を上るような」地道な努力を重ねた日々から継続されてきたものであろう。



「休むと錆びる」

 子供のときから舞台と関わってきたドミンゴであったが、1962年から65年のイスラエル歌劇団在籍中に彼の仕事ぶりの原型が築かれたのではないかと思われる。この2年半の期間に、12作品を演じ、公演回数は300回にも上り、非常に忙しいきついスケジュールだった。公演回数が多いので、日程が詰まっていて十分な休暇期間が与えられず、その上、一つの作品にかけられる練習期間も短いというハードスケジュールであった。しかも、連続しての公演が予定された場合にはリハーサル体制が整わず、ほぼぶっつけ本番での公演を経験したこともあった。しかし、このようなイスラエルでの経験のおかげで、逆に過密な公演スケジュールもこなせるようになり、困難な状況にも対応できるようになったと、後年、彼は述べる。その後、世界的な名声を得てからも、自ら過密な公演スケジュールを組むので、周囲は、健康を害し声に悪い影響が出ることを心配した。しかし、ドミンゴはそのような周りの声には耳を貸さず「私の場合は歌えば歌うほど声が良く響くようになる」と舞台活動を継続してきた。

 1990年にドミンゴは、ほぼ同年代のルチアノ・パヴァロッティ、ホセ・カレーラスと共に3大テノールを結成した。結成の目的の一つは、白血病から回復したカレーラスが白血病研究のために設立した財団の資金集めを援助することであった。3大テノールは、同年行われたワールドカップ開会式で歌を披露し、それが世界中に放映されたことで、オペラへの関心を一般に広げる役割を果たしたといわれる。その後も、3大テノールの公演は行われたが、現在ではカレーラスは引退し、パヴァロッティは死去し、現役歌手として活動しているのはドミンゴ一人となってしまった。彼は現在まで、40年以上にもわたり現役歌手としての活動を継続し、122のオペラの演目で主役を演じ、オペラ史上最多記録を打ち立てたのであった。

 2010年の2月には、東京公演中の68歳のドミンゴに癌が発見され、3月に彼はニューヨークで手術を受けた。この闘病を契機に引退がうわさされたが、手術の1ヶ月後、4月には高齢と思えない回復の速さで、イタリアミラノでのオペラ公演に復帰し、その後も同年5月から7月のオペラシーズン中だけでも、カタール、ロシア、イギリス、アメリカ、スペインと各国での公演が予定されている。
また、ドミンゴは、オペラの世界ばかりではなく、ポピュラー音楽、ロック音楽など幅広いジャンルの音楽家と世界各地でコラボレーションを行っている。さらには、指揮者や音楽監督としても活動し、近年では若手の育成活動に取り組んでいる。彼の公式ホームページは「休むと錆びる」という彼の人生ポリシーを表す言葉で始まるが、それは彼の生き方そのものであるといえよう。
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by endoms | 2010-06-29 23:14 | 卒業式のスピーチ

ドミンゴ ドミンゴ

翻訳研究会
相変わらず週に2回のペースでやっているんだけど
このごろ進まない。

学校のこと学生のこと異文化のこと文学のこと
話が面白くて翻訳は後回し!
まずいまずい
といいながら
ドミンゴの人物紹介にも熱が入らない

きっと最初に選んだ本が悪かった

最初に買ったのは『ドミンゴ スター街道まっしぐら』

タイトルからして悪い予感はしたんだけど・・・
40歳の時の自叙伝。
細かいことまで彼の言葉で語られるんだけど
成功の頂点 バリバリにあぶらが乗っていて?
主観性が強すぎて
出来事の羅列が多くて
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一度読み通して なんか 飽きてしまう。
なんかしばらくほっておきたい。


でもいよいよ本気!
来週には書き終えよう。
資料はたくさん揃った。

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基本的なことが抜けてるね
って今日の研究会で発見。

オペラについて、知らないことが多すぎる。
やり直しだ。

まずはオペラの知識を少しでも。
週末は資料読み。

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by endoms | 2010-06-18 00:07 | 卒業式のスピーチ

whitfordの瀬戸際

Bradley Whitfordって誰だ!
ッた段階から始まった今回の人物紹介文

日本語では全く情報が取れないし
英語でもやっと5-6のインタビュー記事を発見。
その中でも彼の人物像に迫っているものは少ない。
だから
実の兄がEsquire誌で語った彼の実像は貴重な資料。

長い記事だけど。

ジュリアードで古典劇俳優としての訓練を受け
ブロードウェイでシェイクスピア劇に出演し
ハリウッドでは変人.奇人・悪役・オタク役を演じ
その2つの役柄を行ったりきたり
出演作には失敗作も多く

生活は出来るレベルにはなっていても名前は売れていないという社会的状況

しかも、自分の出演作は見ない見る勇気がないというという彼の性格



悪役・変人・嫌な奴のイメージが定着した
俳優だった時期から
大ブレークのきっかけとなるテレビドラマ『ホワイトハウス』の首席補佐官役をしとめるくだりが感動的。

脚本家の強力な後押しがありながらも、
彼自身の実績がありながらも、
普通にオーディッションに臨まなければならない。

十分準備し、考え練習し、過去の経験も生かして
オーディッションに挑む。


「早く演技させてくれ!」といわんばかりに
演技前の製作側とのインタビューを早く切り上げ、
前もって渡された台本のせりふは全部そらんじているのに
台詞を覚えていないかのように時々台本に目を落とし、
実力はこれ以上とアピールし
笑いも取り
してやった!と確信する。

後押しする脚本家も「これで大丈夫だね」と。

それでも
何週間も何週間も決定したという連絡がない。

製作側が難色を示したのだった
セックスアピールが足りないっ!
演技に深みが出せるか疑問だっ!

って言われてしまうのだった。

その間の苦悩、やきもきした気持ち

他の仕事のオファーも入ってくる・・・

すったもんだの挙句
やっとこの仕事が決まるまでのagony
この記事は読み応え十分

人間は複雑なものだよなー。
だから
全く未知の人間を、数週間の調査で、
そんなことで、
知ったような気になれるはずもない
過去の記録のみから人の経歴を描くのは暴挙と思いながらも

・・・人物紹介を描き進む。


ESquireの記事でドキドキする場面。

My brother used all the tricks experience had taught him. He politely cut short the small talk at the beginning ("Can I act now?"). He turned to leave immediately after he was finished so as not to seem like a "needy actor." And though the lines by this point were all but written on his heart, he did the entire scene holding the pages in his hand, occasionally glancing down at them, hoping to imply, "This is where I am now. I can go farther."

He nailed it; they laughed out loud. When my brother was on the way out the door, Levey's assistant whispered in his ear, "Nobody has done it like that! Wow! Wow!" When he got home, there was a message on his answering machine from Sorkin: "You hit it out of the park."

And then . . . nothing. Just weeks and weeks of silence. As it turns out, Levey wasn't persuaded that my brother had the sex appeal to play a leading man on network television. Schlamme wasn't sure he had enough depth to carry off the scenes he knew Sorkin would eventually have to write if The West Wing were ever going to be more than a simple romantic comedy. "There's a place that he doesn't sometimes go in his writing," says Schlamme, who viewed his role partly as nudging Sorkin in that direction. "It's not about naked people fucking. It's about going to a place that is a man absolutely standing toe-to-toe with a woman, getting his heart broken if that's what's going to happen, and dealing with the sexual energy of a relationship. I knew that Brad had the comic timing. But in my experience as a director, people with incredible comic timing sometimes have a very hard time going to that place I just described. Because comedy is the deflection of having to be revealed, having to be hurt."


Because comedy is the deflection of having to be revealed, having to be hurt."コメディに関するこの表現は始めて!

「さらけ出されるのを逸らす
グサッと来ないように身をかわす」

それがコメディって。

そう?
そのすれすれに人間の可笑しさがでるから笑いを呼ぶの?


Because comedy is the deflection of having to be revealed, having to be hurt."

そうなの。。。。
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by endoms | 2010-04-21 21:53 | 卒業式のスピーチ

は~ お洒落なジョーク!


授業で
しっかり笑った後は
Bradley Whifordの資料の検索
もう焦るぅぅぅぅ。

図書館にはやっぱり資料探しのO先生。
お互い授業の資料作成もあるしね~。
そんな中で
あと1週間でBRADのBIOを書かなければ!

彼のどこに焦点を当てるか未定なまま
ネットでも検索を続けると

わー
これ良い!
気に入っちゃった!



ブッシュ再選を阻止するためのプロモーションなんだけど
あまりにお洒落。
うふっ と何度も笑えちゃう。

これって論文には使えないけど
お気に入りに入れ
気晴らしにピッタリだよ~

翻訳研究会で論文を書き進めて、最近気がついたことがあった。
それは人生につきものの挫折とそこからの奮起・再起

人間の持つ可能性が発揮されるのはどん底に落ちた時
失敗した時に人は成長する。
絶望から人はどう這い上がるか 立ち上がるか
そんな大きなテーマ
そんなことが二人とも共通して調べたいこと、書きたいことだって
あるとき気がついて
感動したんだった!

だから彼のキャリアの変遷と
離婚後の経験をしっかり調べよう。
17年間の結婚がもぎ取られた傷口がどう癒されていくのか・・・
もちろん、論文で離婚に触れるのは事実の部分のみ。
あくまでも彼の社会活動が焦点。

なんだか切り口が見えてきたのかな
セレブリティーと政治活動?
俳優のチャリティー関連?

O先生の担当はBONO
どんな切り口で彼の経歴を書いてくるかすっごく楽しみ。
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by endoms | 2010-04-16 17:48 | 卒業式のスピーチ

プラシド・ドミンゴの英語 

次回の紀要論文の翻訳課題として選んだのが
プラシドドミンゴのスピーチhttp://www.juilliard.edu/about/multimedia_gallery/commencement08/commencement.html

翻訳したり、調べて人物紹介を書くのは楽しいんだけど
次回の原稿締め切りは6月末。
あと2ヶ月では心もとない。
翻訳予定が遅れに遅れている

ま あっまり考えないことにしよ。
何とかなるし、今までも苦しみながら何とかしてきた。

ドミンゴのスピーチは話す声・音が良い。
母国語ではない人が英語を話す音はとてもチャーミング
特にこの人のこの深い声で!
訛りがあってもこんなにわかりやすい英語はない
それに実体験を語る時の説得力と
言葉がすぐにメロディーに変化しそうな音楽性も。


最初はビデオしか見つからなくって
自分たちで半分づつスクリプトにおこす?
アメリカ人留学生にバイト頼む?
って
いろいろ探して、なーんと今日見っつけた!

ここの部分で伝えられるメッセージは
ガイドの仕事を求める人にも当てはまる
ジュリアードの卒業生に向って彼はこう言う。

After having been trained and guided by this magnificent school, you are now ready to face the world and conquer it.
It won’t be always easy, but you are equipped to deal with any given situation. When I say that it won’t be easy, I mean the following: If you had chosen as a profession medicine, law, business, or even science, you would be almost guaranteed a job upon graduation.
That is not so in the arts, where a quick livelihood after graduation is somewhat of a rarity.
Some of you may be lucky and find employment almost immediately.
I congratulate you in advance!
But others may not be so fortunate for quite some time.
My urgent advice is never to despair, but use that time to sharpen your tools further, as much as possible.
Thus, when the moment of opportunity comes, you will be ready for it and grab it in a spectacular manner.
This has been true not only for the creative but also for the re-creative artist.
To a degree, this certainly was true of my own beginning.

gistは
すぐに職は見つからないことが多いけど、がっかりしない。
その時間を使って自分自身の技を磨く
出来る限り技術を研ぎ澄ます。
それでこそチャンスがきたら活かす事が出来る。


そうして
この次の部分から自分の経歴をゆっくり述べ
最高潮なのは
自分が始めてメトロポリタンオペラに出演した時のエピソードを語る時。
鳥肌が立つ
涙が出そうになる
でも、
英語scriptで読むよりも
彼の声でじっくり聞いたほうがいい
もっともっと胸に響く。
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by endoms | 2010-04-12 00:32 | 卒業式のスピーチ

紀要のウォレス 

紀要が発行された。

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アメリカの大学におけるコメンスメントスピーチ(2)
今回はウォレス、シュワルツェネッガー、オバマ大統領の卒業スピーチを翻訳。

ウォレスだけは
4ヶ月かけて
難しい英語表現にほとんど泣きながら(うそ)
完成させただけに愛着ひとしお。
難しかったあ~!

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もう次の締め切りは2ヵ月後
Bradleyの翻訳にかかっているけど
印刷あがったばかりの本をて
ぱらぱらめくって自画自賛!

この瞬間は病み付きになる。 
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by endoms | 2010-03-24 22:24 | 卒業式のスピーチ

成功とは自分を好きでいること

成功とは何か


卒業式のスピーチからぐっと来る話


このイギリス人スキージャンプ選手。
カルガリーオリンピックでビリになって散々笑いものになって。。
でもイギリスには他にジャンプ選手がいないので
イギリスのジャンプ記録保持者になって
お金持ちになって、やがて投資でお金を失って
そして落剥落胆かと思いきや
自宅でジャンプの練習中

8歳からの夢だったスキージャンプ人生
すべてが楽しかったと語る。

涙なくしては読めないよね~~

「成功とは物事がうまく言ったか失敗したかで測るものではない。
自分がやったことを自分でどう評価するかだ。
別の言い方をすると
自分を好きでいること
自分を好きでいるには、自分が誇りをもてることだけをすること。」

Story 3: The Worst Olympic Ski Jumper Ever

Eddie "the Eagle" Edwards was Britain's only hope for a medal in ski jumping in the 1988 Olympics in Calgary.
On the day of the event, the winner jumped 403 feet. Eddie the Eagle, in a borrowed ski suit and goggles held together with tape, jumped 238 feet.
He finished 56th in a field of 56. For a while he was a laughingstock.
Television commentators poked fun -- reporters tried to make him look foolish.
But Eddie refused to be embarrassed.
"This is the best day in my life.
I'm representing Britain in the Olympics," he said -- " I just jumped 72 meters through the air -- that's a hard thing to do."
Eddie was having a great time.
Then somebody noticed that Eddie, was the first Olympic ski jumper that Britain
had ever had.
He had, by default, stumbled off with the British jumping record.
Eddie became the darling of the public.
Eddie got rich over the next few years, giving endorsements.
But then things went bad.
He lost hismoney in bad investments, he was barred from the 1992 Olympics and he crashed in a post Olympic jump.
"Broke me collarbone, fractured me skull, tore ligaments in me knee, damaged me kidney... And cracked me ribs."
The last I heard of Eddie, he was practicing on a jump simulator in his apartment, more than a thousand miles from the nearest real jump.
And what does he say about his brush with glory now that the cameras have turned elsewhere?
"Calgary? Oh, it was brilliant.
That was my dream since I was 8.
Life since has been great.
I've had a wonderful time, been all over the world.
Been to lots of interesting places, done lots of interesting things, met lots of interesting people.
I wouldn't give that up for the world."

What I learned from the bet, and what I want to tell you tonight, is what Eddie the Eagle seemed to know all along: There are times when you are going to do well, and times when you're going to fail.


But neither the doing well, nor the failure is the measure of success.
The measure of success is what you think about what you've done.
Let me put that another way:
The way to be happy is to like yourself and the way to like yourself is to do only things that make you proud


Psychology Commencement Address
Marc. S. Lewis, Ph.D.
May 19, 2000
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by endoms | 2010-03-16 00:03 | 卒業式のスピーチ

造語 6語が出来ない

翻訳もあと少しで終わり

で、最後の難関

造語中 自分の語彙の無さが歯がゆい

これまでの読書の質では
語彙を育ててきていないんだなー

BONOの造語をどう処理するかっ?

Idealism is under siege beset by materialism, narcissism, and all the other isms of indifference.
ここまでは解決済み

Baggism.
Shaggism.
Raggism.
Notism.
Graduationism.
Chismism;



さて、この6語
二人の
解釈と訳語が折り合わず
差し戻し!-再度挑戦中!
音節を2に留めたいんだけど
呆けズム、馬鹿ズム、麻痺ズム、無視ズム、欲ズム、
見栄ズム、外見ズム、レッテルズム、ひけらかしズム、白けズムって感じかな~~

ずーと考えて
それなのにピーンとくる語は降りてこない
たった6語なのに。
Thinking Aloudをすると

A案 漢字のみ 
無視主義、無責任主義、無関係主義
日和見主義、無気力主義、

B案 漢字を入れた長めの表現
良いとこ取り主義、お先に主義、勝手にする主義、他人事だ主義、ほっとく主義、風に吹かれて主義
見て見ぬ主義、片目つぶり主義、見ザル主義、聞かザル主義、言わザル主義、馬の耳に念仏主義、かえるの面にションベン主義、無い袖は振れない主義、一人よがり主義

C案 音の感覚
バラバラ主義、ヘラヘラ主義、ブカブカ主義、メソメソ主義、ウッソー主義、


D案 カタカナの語呂合わせ
ほっとけズム、占いズム、神がかりリズム、勝手にしやがれズム、ぶっ飛ばしズム、無視ズム、知ったこっちゃ無いズム、どうでもイイズム

E案 なんとなく流行かサブカル
合コン主義、パチスロ主義、メイド主義、パワーストーン主義、ipod主義、facebook主義, twitter主義、mixi主義

だんだんひどくなる・・・
こリゃ駄目だ。

こうなりゃ私も
他人の0000で相撲主義・・・

それは出来ないから
明日までには
6語を選ぼう
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by endoms | 2010-03-11 22:48 | 卒業式のスピーチ