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んちゃって英語ガイド

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父親になる準備

ニックは41歳でサンドラは54歳。
結婚10年。
どちらも3度目の結婚。
サンドラが看護婦長として働くセントルイスの病院で出会った。
ニックは病院に勤務しながらカウンセリング学phDを取った。

ニックはカリフォルニアで育った。
元ヒッピーだったという母親はニックの父親とは早く離婚していた。
その後母親と同居した男性が暴力的で、
一人っ子のニックはいつも怯えていた。

暴力と言葉で傷つけられ、
自分はだめな人間だと思った。
高校時代から薬とお酒をはじめ、次々と女性と関係を持った。
軍隊退役後、トラック会社に勤務した。
20代で鬱病になり、しばらく廃人のようだった。

断酒し、
自分自身を知りたくカウンセリング修士号をとった。
20代後半には奨学金を受けられる博士課程に入り、病院で働き、スラムで最低の地下室に住み学校に通った。

博士論文のテーマは、
若いとき自分が苦しんだ「自殺願望」にした。
今まで生きてきただけで充分苦しかった。
子供は育てられないと思った。

34歳での3度目の結婚相手のスーザンは47歳で、
成人した子供が二人いた。

結婚して数年後、
ニックはカウンセリングの助教授になり小さな大学町に引っ越した。

築120年のビクトリア朝の家を買った。
地下室のある3階建、
由緒のある家だ。
だが、住んだたくさんの家族と時が手を加えていた。
床はささくれ立った赤茶のリノリウム材が張られ、
一部が抜け落ちていた。
階段はきしみ、窓は開かず、天井はしみだらけ。
少しの雨で3階は漏り、
外壁は剥げ落ちていた。
裏庭のプールの底には
落ち葉が腐食し茶色のしみになってこびりついていた。
そういう状態だからこそ、買える値段だった。

家が建てられた当時の状態に戻そうと思った。
家の中の壁紙を剥ぎ、
壁の悪趣味なペンキを落とし、
もともとの壁が出るまでこすり落とした。
床のリノリウムははがしたが、床材も朽ちていた。
床を一部屋ごとにすべて剥がし、
丈夫で厚い木材を敷いていった。

天井の痛みを補修し、
窓の錠やブラインドも元の姿に近いものに替えていった。
仕事の合間の作業で、
4年かかってやっと1階と地下室が出来上がった。
3階はとても修理の手が回らない。
あとは、
2階の寝室の隣の小寝室。
二人暮しなので、
もう部屋数は十分だ。
この部屋はしばらくそのままにして置こう。

と考えながら
ニックは部屋に入った。

床がきしむ。
薄暮の灰色の明かりが低くさしてくる。
風にあおられ庭の大きな樫の木の枝が窓をこする。
晩秋の木は、葉をほとんど落としていた。
小さな窓のついた部屋は殺風景だった。

子供の寝息。
甘い匂い。
小さな足音。
泣き声も。

この子供部屋には、ずーっと甘くすっぱい時間があったのだろう
と思った。

そのときに降りてきてしまった。

子供を育ててみたい。
子どもを自分の手で、愛しみ、しつけ、成長を見届けたい。

子どもが”必要”だと「思った」のではなく、
「知ってしまった」とニックはいう。

家を修復し、
家を育てながら、
びくびくしていた子ども時代の自分を脱いだ。

それから、養子縁組の手続きにさらに2年かけて
ニックは親になった。
by endoms | 2008-05-13 17:29 | それぞれな女たち